黙っていたせいで人を傷つけていたなんて

 自分って人の気持ちが全然わからない人間だったんだ。なんだ。人の気持ちがよくわかるほうの人間なんだと思ってた。人の話をただ黙って聞いていればいいんだと思ってた。そうじゃないんだ。こっちが黙ってたら相手が気まずくてつらいこともあるんだ。相手が話してくれるのをただ黙って待っていたせいで、その人を傷つけたりしていたのか。何をやっているんだろう。自分が何をやっているのか何もわかっていなかった。

 皆自分の話を聞いてほしいんだし、皆自分の話を理解してほしいんだし、皆、私の話には興味ないんだから、皆、私が何を考えているかなんて興味ないんだから、皆、私のことなんて興味ないんだから、皆、私のことなんて覚えていないんだから、皆にとって、私は路傍の石かゴキブリみたいなものなんだから、人の話を聞いて、その人の本当に言いたいことを理解してあげることが一番大事なんだと思ってた。人から好かれるためには。人から嫌われないためには。人のためには。人とのやりとりで一番大事なのは人の話を聞いてあげること、理解してあげること、その人が笑ってほしいと思っているときには笑ってあげること、その人がつらい時には自分もそのつらさを体験したように味わって共感してあげること、その人が激怒しているときにはその怒りを理解して申し訳ないと思うこと、その人が今言ってもらいたいと思っていることを察知してすぐに言ってあげること、自分の意見は言わないこと、自分は話さないこと、そんな馬鹿げたことばかり、間違ってるって、おかしいってわかっているくせに、見ないふりして、考えないで、こんなことばかり大切な事だと決めつけて、今までの人生を乗り切ってきたんです、こんなものが僕の生存戦略なんです。なんでした。変わりたいです。こうやって過ごすことで人を傷つけていたのだとしたら。

 自分が話して無視されるくらいだったら、しらけるくらいだったら、とんちんかんなことをいって、支離滅裂で、取り乱して、相手に怪訝な顔をされて、おかしい人間なんだって思われるくらいだったら、俺がおかしい人間なんだって人に知られてすべてが終わってしまうくらいだったら、黙っておこうって、言うか言わないか迷ったら、言わないようにしよう、したほうがいい、って子供の頃から思ってきて、それは間違っていたんだって、そうじゃない、もっと幸福でまともなうまくいく世界があるんだって、最近本を読んで、ようやく少しだけ知ったんです。でもその世界に入るにはどうしたらいいのかわからない、できない、本当にできないんだ。頭でわかっていても、また元の世界に後戻りしてしまう。大切なことを何もかも忘れていっぱいいっぱいで混乱して頭も真っ白なんです。こんなんじゃよくないんだ。わからない。何もわからない。胸が苦しい。

 自分だけの意見を持ちたい。自分だけの意志を持ちたい。自分だけの考えを持ちたい。自分だけの気持ちを持ちたい。自立。自立したい。実家を出たとしてもそんな簡単に精神的に自立した人間になることはできないんだ。

 結局人を傷つける勇気がないだけなんだ、最低なんだ、自分が最低な人間なんだっていうことを認めることができなかったんだ、最低なくせに人に最低な人間だと思われたくなかったからだったんだ、謝る気もないのに謝るのは、自分の意志を通せないのは、人に支配、操縦、都合よく利用されるのは、自分で自分を守れないのは! 最低なくせに最低だと思われたくなくてコウモリ、ぬえみたいにふらふらゆらゆらして自分がなくて。気色悪い。本当の意味で最低だったんだ。